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遼東の豕日記

2007年6月から3年半大連に赴任していた(赴任開始時36歳)おっさんが、大連の生活や楽天イーグルスの応援等を書いていたブログです。帰国したため、現在は半休止中。

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大連3泊4日の旅(4) 開発区の今

(この記事は(3)の続きです)

 大連2日目は、快軌で開発区へ移動、街の様子を眺めてきました。

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 快軌は以前と変わりなく、大連火車駅から運行されておりました。料金も変わりなく、保税区止まりの列車が多いのも変わりありません。

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 開発区駅の出口付近の様子です。レンズが曇って、写真がボケてしまいました……トホホ。

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 開発区のUBC上島珈琲です。

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 喜羊羊のイベント看板です。柱が邪魔ですねー(汗)

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 火鍋の店「北京東来順」です。ここの羊串、ちょっといい値段ですがうまかったです。

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 開発区の大ホテル「金元大酒店」です。ここには結局縁がなかったなあ……

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 「大連民族学院」です。見た感じ、特に変わっておりません。

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 交差点です。奥の珈琲屋には、やっぱり縁がなかったなあ……

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 韓国料理店「泰山韓食城」です。ここのポッサムもとてもうまいのですが、今回は通過です。

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 謎の施設「人体科学研究所」、現在も健在でした。研究してるのかしらん……

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 ドイツビールの店、潰れてませんでした。良かった良かった。

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 紅梅小区の韓国風情街も、大きな変化はありませんでした。

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 さらに南の方に歩いていくと……

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 おおっと、うなぎ屋です。こんなの、前からあったかな?

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 開発区にもコンビニ「快客」はあります。

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 開発区の日本関係商品ショップ「博愛超市」です。開発区在住の日本人にとってはありがたいお店です。現在も頑張ってるようですねー。

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 この通り、いつの間に「松竹梅路」という名前になったのか……

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 開発区医院前の食堂です。ここらの店にも、一度は行ってみたかったのですが……「黒竜江風味」って、どういう味なんでしょうね。しょっぱい系?

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 ついでに、3年前に大変な事になった原油流出事故の被害を受けた海水浴場「泊石湾」の様子をバスで見に行ってきました。

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 バスを降りて海岸の方に歩いていくと……

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 (あまり良い天気でもないのに)海水浴を楽しむ若者の集団がいます! それだけ回復したという事ですね、良かった良かった。

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 この日、昼食は「兄弟肉面館」で食べてきました。看板右下に「ラーメンの兄」という謎の日本語が……

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 といっても日本語が通じるわけもなく、紙に注文を書いて「牛肉面」を食べました(12元)。ガラの安さを活かした日本のラーメンとはまた違った感じのスープが、中国らしさを思わせます。


 全般として、地下鉄工事がないせいか(?)開発区の様子は大連市内と比べると変化が少ないよう思いました。個人的には、ちょっと安心しました(笑)

その5に続きます)
  1. 2013/09/14(土) 21:54:53|
  2. 大連生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20
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開発区、紅梅地区

開発区病院の交差点付近は変わりがないようですね。私はアカシア別荘に3年住んでいました。
朝6時ごろに病院の方向から花火や爆竹の音がして、目覚めました。後になって人に聞いたら、
大病院で治療してもらって 大往生した肉親の
冥土へのはなむけだそうです。
人体科学研究所とはいったい何を研究しているのでしょうね。2000年以前からあのままのようです。紅梅地区はきれいになりましたね。
「韓国風情街」という看板は下ろされたのでしょうか?多くの朝鮮系中国人が開発区の工事建設のために吉林方面からあそこに集中して住むようになったのを、「韓国…」としては無神経だったかもと思いました。でも大連の人も北朝鮮は文革のころのままで可哀そうだ、早く中国みたいに開発区をつくるべきだ云々と。
  1. 2013/09/19(木) 09:25:06 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
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開発区南部

>サンディ様
爆竹、私が駐在していた頃には記憶がありません。ある時期から、やらなくなった、という事なのでしょうか……

人体科学研究所、

http://tieba.baidu.com/p/569327382

地元の人(なのかな?)も『あれ何なの?』と思っているようです(笑)

韓国風情街、そういう歴史があったのですか……勉強になりました、ありがとうございます。韓国と北朝鮮で違う、というのは日本の多くの人が知っていますが、中国朝鮮族については知らない人が多いですよね。延吉・図們には一度行ってみたいものです。
  1. 2013/09/19(木) 12:01:05 |
  2. URL |
  3. krzo #-
  4. [ 編集]

爆竹は禁止されたのでしょうね

私は市内に2000年から2004年、そして開発区に07-2010年住んでいました。
市内では中山路の狭いビル脇の歩道で、春節には大量の爆竹と花火が、にぎやかでした。
でも北京で火事があってから自粛したのでしょうか減りました。開発区の病院も花火は運動会の朝のように鳴ってましたが、爆竹は自粛でしょうか。周恩来が亡くなったとき、毛沢東は中南海で
翌朝、大量の花火を打ちあげたそうです。
外国人ジャーナリストは、毛沢東が周恩来が自分より先に死んで、ほっとした喜びの表現だと書いた人がいましたが、これは大往生した周恩来への
冥土への送り火だそうです。
開発区の十字路では盂蘭盆会のころに皆が紙銭を
大量に焼きますね。これも同じ発想で、京都の大文字と同じだそうです。
  1. 2013/09/20(金) 19:58:15 |
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  3. サンディ #-
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爆竹の謎

>サンディ様
私が爆竹で記憶しているのは

・春節前後
・結婚式
・会社の立ち上げ式

これくらいで、他での記憶はありません。何かしら市政府から「この時はやって良い」「この時はやってダメ」みたいなお達しが出ているのでしょうか……今度機会があったら聞いてみようと思います。

盂蘭盆は、

http://krzo.blog110.fc2.com/blog-entry-1419.html

以前記事にしています。遠くから見る分には「焚き火」としかわかりませんでした。
  1. 2013/09/22(日) 00:56:03 |
  2. URL |
  3. krzo #-
  4. [ 編集]

なぜ十字路か

以前の記事すごいですね。
なぜ開発区の人たちは十字路で紙銭を燃やすのか
聞いてみました。
市内に古くから住んでいる人は、お墓にお参りしてそこで燃すそうです。でも10年前に開発区に移ってきた人たちは、山東とか吉林のお墓にお参りできないので、開発区の十字路で燃すそうです。十字路だと、東西南北 どちらからご先祖様がきても見つけられると。
市内とか北京上海では見かけなくなった光景です。
  1. 2013/09/22(日) 19:53:38 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
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十字路

>サンディ様
 前の韓国風情街の話同様、開発区は他の省から来た人がそれだけ多い、という事なんでしょうね。私の前の職場の人も、山東や黒竜江等から大連に来た、という人が何人もいました。

 北京・上海も地方から来ている人はたくさんいると思うのですが、ある地区に集まっている、そこでは風習が(ある程度)残っている、という傾向はあるのでしょうか? 広過ぎて、日本人にはなかなか見えない、という事なのかもしれません。
  1. 2013/09/22(日) 20:07:54 |
  2. URL |
  3. krzo #-
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ダーリエンイン

市内に昔から(といっても百年前くらい)住んでいる人も大半は山東省から来た人で、旅の順路として旅順の港に上がり、遼東半島から単輪車に
子供と家財を載せて、瀋陽から吉林ハルビンを目指して移り住んだそうです。
彼らの発音は山東訛りで、私は大連人だと言う時
「ダーリエンイン」と発音します。
RenがYinに変じるのです。
アイヌのイヌとかイヌイットのイヌとかとなぜか
似ています。アイヌが交易していた黒龍江の人たちは「山丹人」といわれていますが、山東と何らかの関係があったのではないか…
まるで義経が樺太からシベリアに渡ったのと
逆の伝説ですが。
  1. 2013/09/24(火) 21:43:56 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
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山東方言

>サンディ様
RがYに変じる話、勉強になりました。ネットで調べてみると、百度百科にも

http://baike.baidu.com/view/479860.htm?fromId=22963

書いてありました。他の地方の人から見ると、かなり特異に感じるのでしょうね。

山東半島は二度ほど行った事がありますが、大連とは歴史が段違いだな、と感じました。管仲・晏嬰の時代からの歴史があるわけで、古きを逃れたい人が新しい土地である大連(および中国東北部)に流れてくるのもわかります。

今回の旅行ではホンタイジの墓(北稜)に行ってきましたが、多民族をまとめ領土を広げていったホンタイジは(今更ではありますが)凄い人物だったのだな、と改めて思います。
  1. 2013/09/25(水) 12:25:02 |
  2. URL |
  3. krzo #-
  4. [ 編集]

民族大移動

私のブログの「中国古代史入門」の顧さんが指摘しているのは、西域の異民族が侵入してきて西に居た漢族が東に逃れてきて、山東で鉄と塩などで栄えて、斉や魯という(周の後裔)を文明国にし
孔子などが生まれた。それが北からの異民族の
侵入で南下し、福建広東まで逃れていった。
それまで満州への漢族移住を禁じていた清朝が
それを緩和すると、大変な数の山東人が満州に
移住した由。
ホンタイジというのは皇太子の満州語読みでしょうね。日本語の「こうたいし」と似てます。
彼らは文字はモンゴル語から、単語の多くは文明先進国の明から輸入したのでしょうか。
  1. 2013/09/26(木) 09:41:57 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
  4. [ 編集]

ホンタイジと伊達正宗 

1610年ごろ、時を同じくして彼らは活躍していますね。ホンタイジは明が彼らの特産の朝鮮ニンジンや毛皮を買ってくれなくなって、(明が朝貢貿易中止のため)朝鮮経由で貿易で活路を求めた。最近石巻でやはり慶長の大津波M8.5でめちゃくちゃな被害に遭った伊達正宗が、スペインとの交易での活路を求めて、敬虔な支倉使節団を派遣したが、フィリピンを植民地として経営していたスペインにとって、伊達との貿易は利害が衝突するとかで、この話は前進できなかった。そのうちに徳川のキリスト教禁止で没になった由。
今400年を記念して、日本とスペインがいろいろ
計画しています。震災復興の一助になればと願いますが、現在のスペイン経済ではなかなか両国の貿易拡大は難しいですね。
  1. 2013/09/26(木) 09:53:09 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
  4. [ 編集]

訂正します

伊達正宗を政宗に訂正します。
  1. 2013/09/27(金) 09:28:09 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
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闖関東

>サンディ様
山東からの移住を調べていたら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%96%E9%96%A2%E6%9D%B1

wikipediaに「闖関東」の記載がありました。これについて、中国ではテレビドラマにもなっているのですね。

検索していたら、でっつさんのページも出てきました。

http://huaihua.blog5.fc2.com/blog-entry-275.html

特に大連の訛りが酷い、というのは山東の田舎から船ひとつで渡れたが故なんでしょうか。

ホンタイジ、銅像での記載は「爱新觉罗·皇太极」でした。跡継ぎに指名される前は、また別の名前だったのでしょうか……
  1. 2013/09/27(金) 10:50:08 |
  2. URL |
  3. krzo #-
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貿易今昔

>サンディ様
スペインと宮城県、といえば

http://www.santjuan.or.jp/

↑サン・ファン館なのですが、東日本大震災でずっと閉館されたままでした。今年11月には再開館、という事で、良かったなあ……と。

ここ最近のTPPに伴う騒動を見ていると、お金が大きく動くのは貿易、というのは今も昔も変わらないようですね。金が動く以上得をする人と損をする人が出るのは避けられないわけですが、より少しでも世の中が良い方向に進んでくれれば、と思います。
  1. 2013/09/27(金) 10:59:16 |
  2. URL |
  3. krzo #-
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愛新覚羅

ホンタイジは満州語でそう発音していたのを清朝になって漢字化したのかと思います。
女真族の姓としては「あいしんぎょろ」という音に近い発音をしていた「ゴールド金」という意味を愛新覚羅としたのも北京に入ってからでしょうか。
津波の被害にめげずに再建されたサンファン号を見に行こうと計画しています。
スペインと宮城の接点が拡大するのを祈って。
  1. 2013/09/28(土) 08:36:51 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
  4. [ 編集]

満州語

現在話者はほとんどいないのですよね。黒竜江大学には専門で学ぶところがあるそうですが、開発区の大連民族学院だとどうなのでしょうか……

スペインといえば、

http://krzo.blog110.fc2.com/blog-entry-1694.html

大連で食べたスペイン料理は(高かったですが)おいしかったです。中国で食べる西洋料理というのは、日本で食べるそれとはまた違った面白みがあります。
  1. 2013/09/28(土) 12:08:02 |
  2. URL |
  3. krzo #-
  4. [ 編集]

満州語

清朝の草創期に西方の新疆以西に植民した(させられた)満州族の後裔が新疆と旧ソ連の数か所で、今なお北海道の白老のアイヌのごとくに
満州語の話者として暮らしています。
遼寧吉林あたりの満州族自治区にも少し。
しかしほとんどの満州族は漢族と同じ漢族のような姓を名乗って、満州族の姓を打っちゃっています。戦前の日満親善で来日した人の中で金姓の人は近藤さんとか今さんとか日本姓にしています
と満州医科大を出た金さんが教えてくれました。
金・近・今・…日本の姓は10数万なんでも
受け入れられる包容力に満ちた言葉民俗です。
サンディ
  1. 2013/09/29(日) 21:24:42 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
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満州語、姓

>サンディ様
わずかに話者が残っていますか……とはいえ、消滅は避けられないのでしょう。記録として残せるものは、できるだけ残しておいて欲しいものです。

中国の姓は日本に比べると種類が少ないですよね。私は大連で二文字姓の人とは会わずじまいでした。歴史上の人名を考えると、司馬さんとか諸葛さんとか夏侯さんとかいても良さそうな感じだったのですが……
  1. 2013/09/30(月) 12:55:46 |
  2. URL |
  3. krzo #-
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2字姓

確かに最近は2字姓の人が少ないですね。
私も個人的に知っているのは司徒海さんという方だけです。それでパソコンで調べたら、歴史上1万2千の姓があったが、今では4,700に減り、その内2字姓は百あまりとか。
北魏のタクバツ氏は元に改姓、清の愛新覚羅も
金に改姓とか。私の会社にも関さん常さん陳さんとかたくさん満州族の人がいましたが、もはや
満州の姓は本人も知らないほどです。
第二次大戦で日本が中国大陸を支配していたら、
米欧ソに対抗できる大国になった、というのは
趙無眠さんという歴史家の「もし日本が戦勝していたら」という本ですが(彼はそれを支持していましたが)多くの日本人も満州族に倣って、
陽(日本)とか源、平とか一字姓にしたかもしれません。橘とか藤とか一字姓こそ由来があるもので、2字姓というのはあとからとってつけたもの。それが証拠にイギリス人の姓もシェークスピアとかゴールドスミスとか職業からくる下賤な
2字姓が多い云々とか。
  1. 2013/10/01(火) 20:18:22 |
  2. URL |
  3. サンディ #-
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日本が戦勝していたら

>サンディ様
第二次大戦はちょっと新し過ぎですが、豊臣秀吉の唐入りなら清と同じような展開になった、という未来もあり得たかもしれません。そうなると、アジアの近現代史はどうなっていたのでしょうね。さすがに予測困難です(笑)
  1. 2013/10/01(火) 20:53:02 |
  2. URL |
  3. krzo #-
  4. [ 編集]

豊臣から徳川そして明治へ

という展開はありそうもないことですが、
いずれにせよ1840年のアヘン戦争でイギリスにあんな負け方をしなければ、本来負けるはずがないですが、狼狽してしまったのでしょうが、東アジアは欧州に植民地化されないだけの「文明」と
「闘争力」を持っていたのですが、異民族に支配されていた漢族が「あまりにもだらしなく」英仏独にやられっぱなしで、日本が独り立ち向かった
という図式でしょうか。
もし 日本・明治新政府なかりせば、徳川も
清朝の二の舞を演じさせられた…
  1. 2013/10/01(火) 21:05:13 |
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  3. サンディ #-
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